合コンわらしべ長者 ~30歳からのオトナ合コン~

どこにでもいる普通の男が、合コン1000回で得たものとは?

合コンわらしべ長者、その始まりの物語

30歳を過ぎた頃、失恋をしました。

 

その時、私は「恋愛すること」にとても疲れてしまっていたことを覚えています。

しばらく恋愛から遠ざかりたい、と思いました。

 

 それから約20年が経った今、彼女はいません。奥さんもいません。

 この約20年、合コンの回数だけが増えていました。

 

その数、約1000回。

 

例えば、19歳から月1回のペースで合コンを続けたら1000回に到達するのは102歳。

月3回のペースなら46歳までの27年間で達成できる回数です。

 

自暴自棄になってやみくもに合コンをしていた、というわけではありません。

 ある時期から、女性からの合コンオファーが途切れなくなったのです。

 

 その理由は、

私が、芸能人とか有名人だから?

ホストなど、夜の仕事をしているから?

イケメンとかお金持ちだから?

女性が選ぶ「合コンしたい有名企業」で働いているから?

 

どれも違います。

 

見た目はごくごく普通、目立つのが苦手で性格も地味なほうです。

そもそも合コン自体、特に好きなわけではありませんでした。

 

そんな男がなぜ1000回もの合コンをすることになったのか?

 

 きっかけとなった合コンがあります。

 基本的に、合コンは相手側の誰かを気に入れば、その相手へのアピールやアプローチをしかけていくものですが、恋愛から遠ざかりたいと思っていた、当時の私は、その合コンで、個人的なアピールやアプローチをすることはなく、誰に対しても同じ距離感で接していました。

 

合コンでは見た目のいい女性やノリのいい女性もいれば、大人しい女性や、あまり男受けしない女性もいます。

 私はその中の誰か一人ではなく、女性全員と楽しい時間を過ごしたいと思い、合コンそのものを楽しみました。

 

合コンのあと、幹事の女性からメールが来ました。

 

「女性みんなに平等に接し、みんなを楽しませてくれてありがとう。特に、合コンが苦手なA子がいつになく楽しんでいて、私も嬉しくなりました。感謝です」

 そして、最後はこんな文章で締められていました。

 

 「よかったら、また合コンしませんか?」

 

 後日知ることになるのですが、その合コンでは私が一番人気になっていました。

 

ちょっとビックリしました。

 だって、モテようなんてこれっぽっちも思っていませんでしたし、合コンには私とは全く違う、イケメン男や、私なんかよりずっとずっと有名な企業に勤めている男もいたので、よほどのモノ好きでない限り、女性たちは彼らに興味を示すはず、だと。

 

その状況に、疑り深い私は、こう思いました。

 「たまたまモノ好きな女性ばかりが集まった会だったんだ」と。

 

そんな私が、もしかして「結構、女性に受け入れられているのかもしれない」と思ったのは、そこからさらに10回以上の合コンをしてからでした。

 

 自分の欲望や利益だけしか考えてない男と、みんなが楽しい時間を過ごせることを考えている男、どちらが人として評価されるのか。

 

日常生活においてならともかく、欲望にまみれ、「男と女のサバイバルゲーム」「出し抜いた奴が勝ち、出し抜かれた奴は負け」世間で何となくそんな雰囲気で語られる「合コン」では「人にやさしく、みんなにやさしく」なんて通用しない、私は勝手にそう思い込んでいたのです。

 

思い込みや先入観の怖さを知ると同時に、欲望まみれの合コンではなく、「女性にやさしく、みんなにやさしい合コン」の可能性を見た気がしました。

 その「気づき」は私にとって大きな「発見」でした。

 そして、そこから私の合コン回数が右肩上がりに増えていくことになったのです。

 

 そんな自身の合コンを振り返った時に頭の中で思い浮かんだのが、わらしべ長者の話。

 真面目だけれど運のない、一人の貧乏な男が、一本の藁(わら)を物々交換していき、最後には大金持ちになるという話です。

 

合コンで交換していたのは藁という名の「縁」です。

 その縁を新たな縁とどんどん交換していくことで、人の輪ができ、いろんな人との関わりの中でさまざまなことに気づかされます。

 

合コンに限らず、何かに「気づく」というのはとても大事なことです。

いま改めて「気づく」の意味を調べてみると、こう書いてあります。

 

「(他人から教えられたりせず)自分で心に感じ取ること」

 辞書の中の意味にはありませんが、「発見」という言葉に置き換えてもいいかもしれません。

 

人生は、日常に何の疑問も感じることなく、日々何となくやり過ごしていくことも出来ますし、きっとそのほうが楽に生きられると思います。

「気づき」「発見」というのは楽しいことばかりではないどころか、不都合なことに気づき、不都合なことを発見してしまうこともありますからね。

 

合コンでは、自分の価値観が遥かに及ばない人と出会うことも多々あります。

 そういうのがイヤだし面倒くさいから、知らない人とは会いたくない、気心知れた友人とだけ一緒にいたい、という人、最近増えている気がします。

 

インターネットが爆発的に普及して、日本中どころか、世界中の人たちと簡単に繋がれる世の中になったのに、実際は人とのリアルな繋がりはどんどん稀薄になっていると感じるのは私だけではないでしょう。

 

仕事やプライベートにおいて、電話のやり取りを無駄だと言い、メールなどで繋がることが合理的だとする人を否定はしませんが、音楽をCDやデータで聴く時代に逆行するかのごとく、レコードやカセットで音楽を聴き、その音に温かさを感じる人がいるように、リアルな対人コミュニケーションの中で温かさを感じる人も、まだまだ、たくさんいることを私は信じています。

 

そうは言いながら、実際は人との関わりの中においては傷つくことのほうが多いのも事実です。

そんな人たちのために、傷口をふさぐための絆創膏のようなエピソードも用意できれば、と思っています。

 

合コンでいろんな人と出会い、接するなかで、楽しいことだけではない、たくさんの失敗や後悔から学んだこと、私の「気づき」を見て、私と同じ失敗をしないよう反面教師としてコミュニケーションの予習に役立ててもらったり、私の「気づき」を使って相手と良好な関係を築いてもらえたら嬉しいです。

 

1000回を超える合コンを経験した私の「気づき」。

 

どうやって合コンを始めるか、というところから、合コンのマナー等々、そして、こんな男性、こんな女性は要注意、とった体験談まで、合コンに関係すること全般について思いつくままに書いていこうと思っています。

そして時々、合コンとは離れた、日々の「気づき」についても箸休め的に書いてみます。

 

このブログの中に、みなさんにとっての何かの「気づき」や、何か新しい「発見」のヒントがありますように。

 

ちなみに、わらしべ長者の話では男は大金持ちになって終わりますが、私の合コンわらしべ長者の話は、これから読んでいただくみなさんとの新しい出会いの絆を授かることになる、ここから「リスタート」です。